東京地方裁判所 平成5年(ワ)12525号 判決 1995年12月18日
主文
一 被告ら(反訴原告ら)は、原告(反訴被告)に対し、連帯して、金二億円及びこれに対する平成五年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
三 被告ら(反訴原告ら)の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴、反訴を通じてこれを五分し、その一を被告ら(反訴原告ら)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。
五 この判決第一項は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
一 本訴
被告ら(反訴原告ら。以下「被告ら」という。)は、原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、連帯して、金二〇億円及びこれに対する平成五年四月二七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴
原告は、被告らに対し、それぞれ六二〇万円及びこれに対する平成五年七月九日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、不動産建築及び販売を業とする原告が、被告乙山春夫によって原告の代表者印を偽造され、それを押印された契約書を疎明資料として原告の不動産に仮差押登記がなされたので、原告には五〇億円の営業損害及び五〇億円の信用損害が発生したとして、被告乙山に対しては不法行為により、同被告が代表取締役である被告乙田建設に対しては商法二六一条三項、同法七八条二項、民法四四条により、右の総額一〇〇億円の損害のうち二〇億円の賠償を請求し、これに対し、被告らが、反訴として、原告の本訴提起はいわゆる不当訴訟であるとして、それぞれ六二〇万円の損害賠償を請求した事案である。
二 判断の前提となる事実
1(一) 原告は、建築請負、不動産売買等を目的とする会社である。
原告の代表取締役は、平成四年一月一〇日から同年七月一四日までは、甲野松太郎と甲野竹次郎であり、平成四年七月一四日から平成五年一月二二日までは甲野松太郎と甲野太郎となり、平成五年一月二二日以降、甲野太郎だけとなった。
(二) 被告株式会社乙田建設(以下「被告会社」という。)は、不動産の売買、賃貸、仲介等を目的とする会社であり、被告乙山春夫(以下「被告乙山」という。)は、被告会社の代表取締役である。
2(一) 平成五年一月四日、有限会社丙川(以下「丙川」という。)、丁原産業株式会社(以下「丁原産業」という。)及び戊田夏夫(以下この三名をまとめて「丙川ら三名」という。)は、原告が所有する別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件不動産」という。)について、浦和地方裁判所越谷支部に対して、債権者を丙川ら三名、債務者を原告、丙川ら三名の甲山株式会社外一名に対する総額五三億九〇四七万六〇〇〇円の損害賠償請求権(その内訳は、丙川が二一億五九七九万〇四〇〇円、丁原産業が一六億〇九八四万二八〇〇円、戊田夏夫が一六億二〇八四万二八〇〇円)についての原告に対する同額の保証債務履行請求権のうち、丙川において八億円、丁原産業において六億円、戊田夏夫において六億円を被保全債権とする不動産仮差押命令を申し立てた。
右申立事件では、埼玉県熊谷市玉井所在の土地約三万五〇〇〇坪の土地について、代金総額二七億円、売主を甲山株式会社外一名、買主を丙川ら三名、売主連帯債務者欄に原告代表者印とゴム印が押印された平成四年七月一三日付の「売買のための基本契約書」三通(以下「本件契約書」という。)が疎明資料として提出された。
(二) 平成五年一月六日、本件不動産についての仮差押え(以下「本件仮差押え」という。)が決定され、同日付で、本件不動産にそれぞれ仮差押登記がなされた。
3 原告は、平成五年一月二二日付で、浦和地方裁判所越谷支部に、右仮差押決定に対する保全異議を申し立てた。
他方、丙川ら三名は、原告に対して、本件仮差押事件の本案訴訟として、保証債務履行請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。
4 平成五年四月二〇日及び同年五月一四日、浦和地方裁判所越谷支部裁判官は、保全異議の申立てに伴う執行処分の取消しとして、本件不動産のうち、顧客に売却するために購入していた別紙物件目録一ないし一六、二三ないし五二、五六ないし七八、八三ないし八七記載の不動産(以下「商品部分」という。)について、無担保で仮差押執行を取り消す旨の決定をした。
平成六年一月一〇日、同支部裁判官は、本件保全異議において、本件不動産のうち商品部分についての仮差押決定を取り消して右執行取消決定を認可し、原告の本社、支店及び営業所の用地として使用されていた残りの不動産(以下「固定資産部分」という。)についての仮差押決定を認可する決定をしたので、原告は、仮差押決定を認可した部分を不服として東京高等裁判所に保全抗告した。
5 抗告審は、平成六年七月二一日、本件仮差押えを認可していた原決定及び本件仮差押決定を取り消した。
三 争点
本件仮差押決定及びその仮差押執行の継続についての被告らの関与の有無及びその関与は原告に対して不法行為を構成するか。
(一) 原告の主張
被告乙山は、本件契約書を偽造し、それに基づいて、丙川ら三名に、違法、不当な本件不動産仮差押命令の申立てをさせた上に、原告による本件保全異議の審理においても、虚偽の内容の証拠を作出し、それを提出させるなど、違法、不当な訴訟活動を続けてその仮差押執行を継続したもので、これは原告に対する不法行為を構成する。そして、これは、被告乙山が被告会社の代表取締役としての職務の執行につきなした行為である。
(二) 被告らの主張
本件は、甲山株式会社の乙野秋夫、原告代表者甲野松太郎及び丙山商事株式会社の開発部次長であった丁川冬夫が、丙川ら三名から融資を受けるために、実際には取引はないのに、丙山商事株式会社の合意書を作成してこれを提示するとともに、甲野松太郎が自己の所有するゴム印及び代表者印を本件契約書に押印して原告が売主の保証人になるとして、丙川ら三名を安心させて、丙川ら三名から多額の金を詐取したものである。
したがって、原告は、売主の保証人として連帯保証債務を負っているのだから、本件仮差押申立て及びその仮差押執行の継続は、原告に対して何ら不法行為を構成するものではない。
2 本件仮差押決定及びその仮差押執行の継続により生じた原告の損害額
(一) 原告の主張
本件仮差押決定の対象となった不動産の大部分は、不動産業者たる原告の商品としての不動産であったため、本件仮差押決定の執行により、原告は、得べかりし利益として少なくとも五〇億円の損害を被った。
また、原告は、不動産売買等により年商約一〇〇億円の実績をあげていたが、本件仮差押決定の執行により、既に契約済の売買契約の履行が不能になるなど、営業上著しく信用を害せられ、その損害額は五〇億円を下らない。
(二) 被告らの主張
原告は、関連会社名義で不動産を仕入れることもできたのであるし、平成五年五月一四日までに、本件不動産の商品部分については仮差押執行の取消決定がなされ、本件仮差押執行が継続していたのは本件不動産の固定資産部分だけになっていたから、原告には総額一〇〇億円もの損害はない。
3 原告の本訴提起は、不当訴訟として被告らに対する不法行為となるか。
(一) 被告らの主張
被告らは、本件仮差押申立ての当事者ではなく、原告に対し、何らの行為も行っていないのである。原告は、勝訴する可能性が全くないのに、被告らに対して本訴を提起したものであるから、原告らによる本訴提起は、被告らに対する不当訴訟である。
(二) 原告の主張
本件仮差押決定は、被告乙山の指示で偽造された本件契約書を疎明資料として得られたものであるから、被告乙山は、原告に対し不法行為をしているのであり、これは被告乙山が被告会社の代表取締役としての職務の執行に付きなした行為だから、原告が被告らに対して提起した本件訴訟は、不当訴訟ではない。
第三 判断
一 争点1(本件仮差押決定及びその仮差押執行の継続についての被告らの関与の有無及びその関与は原告に対して不法行為を構成するか)について
一 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平成四年七月二〇日ころ、丙川ら三名を買主、甲山株式会社他一名を売主とする本件契約書が作成された。
丙川及び丁原産業は、いずれも、被告乙山の関連会社であり、また、戊田夏夫は、被告乙山から「預かり金」名目の金を給料として受け取っていた者であった。
(二) 平成四年一二月始めころ、被告乙山の指示をうけた乙原松夫が「乙田建設の戊原竹夫」と名乗って、山崎林三の経営する山崎印房店(埼玉県草加市《番地略》所在)で、「埼玉県春日部市《番地略》 株式会社甲田建設代表取締役甲野松太郎 電話《番号略》(大代表)」と刻したゴム印(以下「本件ゴム印」という。)と、「甲野松太郎」の代表者印(以下「本件代表者印」という。)の製作を依頼し、同年一二月九日、山崎林三は、製作した本件代表者印と本件ゴム印を乙原に渡し、乙原は、これらを被告乙山に渡した。
(三) 平成五年一月四日、丙川ら三名は、被告乙山の指示によって、本件代表者印及び本件ゴム印が押印された本件契約書を疎明資料として、本件仮差押えを申し立て、同月六日、右申立てにつき仮差押決定がなされ、同日付で、本件不動産にそれぞれ仮差押登記がなされた。
(四) 原告は、右仮差押決定に対し、浦和地方裁判所越谷支部に、保全異議を申し立てた。右保全異議の審理の中で、原告は、疎明資料として提出された本件契約書のうち、買主を戊田夏夫とする契約書の売主連帯債務者欄に、原告の記名捺印がないものがあったので、本件代表者印と本件ゴム印は、丙川ら三名の買主側の者が偽造したものではないかと疑い、原告会社の社員らをして、東武伊勢崎線、JR京浜東北線沿線などにある印鑑店をしらみつぶしにあたらせて本件代表者印及び本件ゴム印を作成した印鑑店を探していたところ、平成五年三月六日、山崎印房店が本件代表者印及び本件ゴム印を作成していたことが判明した。
山崎印房店では、同店で作成した丸印等を印影一覧表に押印してその印影を保管しており、本件代表者印の印影もその印影一覧表に保管されていた。そこで、同月八日、原告代理人小宮清弁護士が山崎印房店を訪問し、店主の妻の山崎元子から右印影一覧表を借りてコピーするとともに、同人に、本件代表者印及び本件ゴム印を作ったのは山崎印房店であるという旨の陳述書(以下「山崎陳述書」という。)を書かせ、それを、同月九日、本件契約書の印影が偽造であることの証拠として保全異議の審理に提出した。
(五) 被告乙山は、山崎陳述書を見て、甲川梅夫と乙海一郎に指示をして、池袋にある有限会社丙野印店の代表者丁山二郎に二〇〇万円を渡させた上、丁山二郎に、「平成四年六月ころ原告代表者印を持参した者に依頼されて本件代表者印及び本件ゴム印を作成した」旨の虚偽の内容の陳述書(以下「丁山陳述書」という。)を書かせた。
のみならず、被告乙山は、平成五年三月一〇日、髪形等を変えさせた乙原松夫や戊川三郎(以下「戊川」という。)など五、六名の者を連れて山崎印房店を訪問し、山崎林三に対して、ここにいる被告会社の関係者の中には「乙田の戊原」と名乗った者はいないはずだ、本件代表者印及び本件ゴム印は、有限会社丙野印店が製作したもので、平成四年七月二〇日に作成された本件契約書に押印されたものであるから、同年一二月に山崎林三が作成したものではないはずだと述べて、本件代表者印及び本件ゴム印は、山崎印房店で作成したものではないという内容の「真実証」と題する書面(以下「真実証」という。)を書かせた。また、同日、甲原四郎に、「乙田の甲原五郎」と名乗らせて山崎林三を訪ねさせ、山崎印房店の印影一覧表を借り受けさせた。
被告乙山は、真実証と丁山陳述書を平成五年三月一一日の本件保全異議審尋期日で疎明資料として提出し、同月一八日の審尋期日では、丁山二郎に本件代表者印と本件ゴム印は、平成四年六月ころに丁山二郎が作成したと供述させ、その謝礼として、丁山二郎に一五〇万円を渡した。
また、被告乙山は、丙川ら三名に、本件保全異議の審理で、戊田夏夫が買主となった契約書にも本件代表者印及び本件ゴム印は押印されていたが、乙川六郎が、それを押印する前に、契約書をコピーしていたので、それが疎明資料として提出されてしまっただけだと主張させ、また、乙川六郎に指示して、売主連帯債務者欄に本件代表者印及び本件ゴム印がない契約書は、甲野松太郎が押印する前に乙川六郎が付近のコンビニエンスストアーでコピーを取ったものであるという陳述書を作成させ、異議訴訟の審尋期日でも、その旨の陳述をさせた。
(六) 平成五年四月一八日ころ、被告乙山は、山崎印房店の印影一覧表を借り受けたままで、さらに、山崎林三から、山崎印房店で使用している朱肉の一部を切り取ったものを借り受けた。被告乙山は、同月二三日、山崎林三に、印影一覧表を返したが、そのときには、印影一覧表の本件代表者印の印影は、「勝」の肉月、「本」の横棒、「社」の上の棒がそれぞれ長く延ばされており、改ざんされていた。
他方で、被告乙山は、有限会社丙野印店の印影一覧表に本件代表者印を押印して、本件代表者印が有限会社丙野印店で製作されたものであるような外観を作り、それを本件保全異議の審理において疎明資料として提出した。
(七) さらに、本件保全異議の審理では、戊川らが、被告乙山の指示で、平成四年七月二〇日、甲野松太郎が本件契約書に自ら原告代表者印及びゴム印を押印するのを見たという内容の陳述書をそれぞれ作成し、それらは疎明資料として提出され、また、戊川らは、審尋期日でもそのような供述を行った。
(八) 本件保全異議決定では、本件不動産の商品部分についての仮差押決定は取り消されたが、本件不動産の固定資産部分についての仮差押決定は認可されたので、原告は、仮差押決定を認可した部分を不服として、東京高等裁判所に保全抗告した。
抗告審の中で、丙川ら三名は、被告乙山の指示によって、本件ゴム印は、有限会社丙野印店ではなくて、戊山印章店が製作したものであるという新たな主張をし、被告乙山の依頼を受けていた戊山印章店の戊山七郎が丙川ら三名の主張に副った陳述書を提出した。
(九) 保証債務履行請求訴訟の中で、本件契約書の原告代表者印の印影と、原告が通常使用している代表者印の印影は明らかに異なること、本件契約書、山崎印房店の改ざん前の印影一覧表、同店の改ざん後の印影一覧表及び丙野印店の印影一覧表にそれぞれ押印された本件代表者印の印影は、同一の印顆によって押印されたものであると認められるという旨の鑑定結果が出され、その鑑定書の写しが本件抗告審にも書証として提出されるに至り、抗告審は、平成六年七月二一日、本件契約書は偽造されたものであり、他に原告の保証債務の存在を疎明する書面がないことから、本件仮差押えの申立てにおいては、被保全権利である連帯保証債務の成立の疎明がないとして、本件仮差押えを認可していた原決定及び本件仮差押決定を取り消した。
2 以上の事実を総合すると、被告乙山は、本件代表者印及び本件ゴム印を偽造し、それを押印した本件契約書を疎明資料として、丙川ら三名に本件仮差押えを申し立てさせ、本件不動産について仮差押登記を得た上に、保全異議の審理においても、偽造した証拠を提出して、その仮差押執行を継続させ、原告会社に、本件仮差押決定を取り消すための訴訟活動を余儀なくさせたことが認められ、被告乙山の行為は、原告に対して不法行為を構成するというべきである。
そして、本件契約書は、丙川ら三名が買主となっているが、丙川ら三名は、被告乙山の支配下にあったと認められること、被告会社は、本件に関連する会社の中で、唯一、被告乙山が代表取締役を務める会社であること、本件売買契約書作成の準備段階では、当事者が被告会社に集まって協議をしていたと認められることからすると、実質的な買主は、被告会社であると認めるのが相当である。そうだとすると、被告乙山の前記不法行為は、被告会社が買主である本件契約書の作成に関して行われたものであって、被告乙山が被告会社の代表取締役としての職務を行うについてなされた行為であると認められるので、被告会社も被告乙山の右不法行為について責任を負うものといわなければならない。
3 被告らは、原告は、連帯保証債務を負っているのだから、本件仮差押えの申立て及びその仮差押執行の継続は、不法行為ではないと主張するが、被告乙山が本件ゴム印及び本件代表者印を偽造して、それを本件契約書に押印し、丙川ら三名は、そのような本件契約書を疎明資料として本件仮差押えを申し立てたことからすると、原告の保証債務については、本件仮差押えの申立てにおいてその存在を疎明する資料はなかったものと推認でき、他に原告の保証債務の存在を認めるに足りる証拠はないから、原告が連帯保証債務を負っているとは認めがたいのみならず、仮に原告が連帯保証債務を負っているとしても、被告乙山は、本来であれば仮差押決定申立てが却下されるような事案において、偽造した疎明資料を用いて本件仮差押決定を得たことになるから、被告乙山の前記認定の行為が、原告に対する不法行為となることは動かないところである。したがって、被告らの主張は採用できない。
二 争点2(本件仮差押決定及びその仮差押執行の継続により生じた原告の損害額)について
1 《証拠略》によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四六年に資本金三二〇万円で設立された会社であり、設立以来、埼玉県東部地域でその営業活動を展開する企業として、分譲住宅の販売、木造住宅や重量鉄骨建物、鉄筋コンクリート造りの建物などの一般建築請負、不動産の売買又は賃貸の仲介、自社物件の不動産賃貸、保険等の営業を行っており、平成二年九月一一日には、資本金一億七五〇〇万円の会社となっていた。
(二) 平成五年一月ころには、原告には、埼玉県北葛飾郡杉戸町高野台に高野台支店、支店登記はしていないものの春日部市大沼に甲川支店という名称の営業所があり、従業員数は八五名であった。また、原告の主たる営業は、全体の六〇パーセント近くが一般建築請負業務であり、四〇パーセント前後が分譲住宅の販売となっていた。
(三) 原告の建築請負は、春日部、越谷、杉戸、幸手など埼玉県東部地域の地主たちに土地の有効利用計画を提示して、原告が建築資金の一部を金融機関から借り入れて建物を建築し、建物が完成したら、それを担保に地主らが金融機関から借入を行って原告に建築費を支払うという方法でその営業が行われていた。
また、分譲住宅の販売も、原告が金融機関から借り入れを行って地主から土地を購入し、開発行為を行って分譲住宅を建築し、それを売却するという方法で営業していた。
原告は、これらの建築請負、分譲住宅の販売等の事業用資金を、足利銀行(春日部支店)並びにその系列の足利抵当証券、北関東リース及び足利ファクター並びに群馬銀行(春日部支店)及びその系列の群馬総合リースなどの金融機関から総額一〇〇億円ほど借り入れていた。
(四) 本件仮差押決定によって、原告が商品として所有していた不動産の七割が仮差押えをされたため、当時の評価額で四五億ないし五〇億円の不動産の売却ができなくなった。また、本件仮差押えの事実が知られたため、仮差押えを受けなかった商品たる不動産についても、その売却が困難になった。
足利銀行春日部支店以外の原告の取引先の金融機関は、本件仮差押決定の被保全債権があまりに多額であったこと、仮差押えを申し立てている会社の風評がかんばしくないという情報を得たことから、仮差押決定の取消決定が出るまでは、原告には新規融資を行わないことにした。
(五) このように、本件仮差押決定のために、原告会社の営業活動に支障が生じたので、原告は、本件仮差押決定の取消しを実現するため、前記のとおりその従業員を総動員して、まず、本件契約書に押印されている本件代表者印及び本件ゴム印を製作したところを東武伊勢崎線、JR京浜東北線沿いなどをしらみつぶしにあたって探した。また、原告は、疎明資料として提出された本件契約書のうち、本件代表者印及び本件ゴム印がない契約書についての乙川六郎の説明を排斥するために、東武伊勢崎線春日部駅周辺のコンビニエンスストアーのコピー機の設置状況等を調査した。
(六) 平成五年四月二〇日と同年五月一四日、本件不動産の商品部分については仮差押執行が取り消されたが、原告会社は、なお、丙川ら三名が提出した丁山陳述書をめぐり、丁山二郎から事情を聴取するなどの活動を余儀なくされた。
(七) 本件仮差押決定が取り消されたのは、本件不動産の商品部分については平成六年一月一四日、固定資産部分については同年七月二一日である。
(八) 原告は、毎年四月本決算であり、最近の損益状況は、別紙原告損益状況表のとおりであるが、平成元年五月一日から本件仮差押登記がなされる前の平成四年四月三〇日までの三期は、売上高を含む完成工事高は順調に増加し、営業利益は、平均して二億七三九三万円であったのに対し、本件仮差押えがなされた後である平成五年五月一日から平成六年四月三〇日までは完成工事高が三分の一程度に減少し、営業損失が一〇億〇〇八九万円も発生した。
ただ、原告会社は、銀行から一〇〇億円近い借入を行って営業していたことから、金融機関への借入利息の支払は莫大な額となっており、平成二年五月一日からの決算期から、その支払は激増しており、営業利益は生じていても、経常損益では損失が続いている状況であった。
2 以上の認定事実に基づいて、原告の損害について検討すると、原告の商品たる不動産が仮差押えをされたことによって売却ができなくなり、売上が一時的に大幅に減少しただけでなく、商品部分についての仮差押執行の取消しの後においても、原告会社は、最終的な保全抗告の決定がでるまでは、原告代表者のみならず原告会社の従業員も、被告乙山の執拗な、害意のある訴訟活動に対抗して調査活動や訴訟活動を行わざるを得なかったことが認められ、原告会社の規模から見ると、会社全体でこのような活動に取り組まざるを得なかったために、原告会社はその販売活動にほとんど力を入れることができず、売上高を含む完成工事高が大幅に減少し、その結果経常損益はもとより営業損益も悪化して損失に転じたと考えられる。
このことに加え、前記のとおり、原告会社の過去三期の営業利益は平均二億七〇〇〇万円余りであったのに、本件仮差押後の平成五年五月一日から平成六年四月三〇日までの決算期においては一転して営業損失が一〇億円も発生したこと、本件仮差押決定から保全異議決定までは約一年、最終的な保全抗告決定までは約一年半かかったこと、一方では、原告会社は、借入利息の支払が多額に及ぶ他人資本に大きく依存する経営を続けていたこと等、原告会社の営業をめぐる諸般の事情をも合わせ考慮すると、被告乙山の不法行為によって原告が被った損害は、二億円を下らないものと認めるのが相当である。
3 したがって、被告乙山の不法行為に基づき、被告乙山及び被告乙山がその代表取締役としての職務の執行につき右不法行為をした被告会社は、連帯して、原告に対し、少なくとも二億円の損害賠償をするべき義務を免れないものというべきである。
三 争点3(原告の本訴提起は、不当訴訟として被告らに対する不法行為となるか)について
被告らは、原告に対して、本訴が不当訴訟であると主張するが、右一、二に見たとおり、原告の被告らに対する本訴請求については、理由があると認められるから、本訴提起は被告らに対する不当訴訟とはならず、原告の被告らに対する不法行為は到底認められない。被告らの原告に対する反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
四 以上の次第で、原告の本訴請求は前記認定の二億円の限度で理由があるからこれを認容し、その余については理由がないから棄却し、被告らの反訴請求については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 永野圧彦 裁判官 真鍋美穂子)